大阪朝日新聞(昭和5年5月2日付)命がけの密航
渡航許可を得ない内地への密航については、これまでの記事でも触れられていたように、小型船舶を調達して渡海するもの、地元警察への渡航許可申請に際して虚偽事項を申請、或いは許可書類の偽造といった手口がそのほとんどを占めていたが、ここでは、飛行機による密航の話が出ている。この記事の前年1929(昭和4)年には、日本航空輸送株式会社が東京から大阪(木津川尻)・福岡(太刀洗)・蔚山・京城(汝矣島)・平壌を経由して2日がかりで大連まで行く路線を開業していたので、おそらくそれを利用したものであろう。
また、船倉内に忍び込んでマストによじ登って潜むという大胆で危険な手口に及んだ事件が取り上げられているが、内務省警保局の不正渡航統計(森田芳夫『在日朝鮮人処遇の推移と現状』p40掲載表)では、摘発者内訳のうち「船舶潜入」の人数記載は1933(昭和8)年から始まっており、この年の記載はない。おそらく独立項目として数えておらず「その他」に入れていたのであろう。
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- 大阪朝日新聞
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闗釜連絡船の數十尺のマストによぢ登り
【釜山】釜山における朝鮮人勞働者の内地漫然渡航取締が巖重をきはめる反動として、一とととき發動機船や帆船便の内地潜航が頻出したが、それも取締官憲の手が延びると今度は渡航票を僞造したり、女装したり、さらに一歩をすゝめて蔚山飛行場から飛行機で空中密航を企てたり、密航法に手段を選ばない彼等のやり口には取締官も啞然とさせられてゐるが、今度は闗釜連絡船の荷役のドサクサ紛れに船倉内に忍び込み高さ
數十尺のマストの中間によぢて、一か八か命がけの密航を企てた奇想天外の密航者を出帆前に船員が發見し引降したが、右は慶南南海郡古懸面生れの朴春得(二十四)と判った。
