暴徒史編輯資料/高等警察要史

『暴徒史編輯資料/高等警察要史』(張基弘解題 1970)

冒頭の「解題」によれば、『暴徒史編輯資料』の影印と『高等警察要史』の活字化したものを合わせた形で刊行されたことは分かるが、出版社。出版地は分からない。おそらくソウルか韓国内であろうとは推測する。

『暴徒史編輯資料』は、1908(明治40・隆煕2)年10月1日付で、慶尚北道観察使(道知事に相当)であった朴重陽が韓国統監府警務局長松井茂に宛てて発出した文書であり、同年に蜂起した義兵とその指導者である許蔿らについて、状況と討伐の経過を記している。

『高等警察要史』は、1934(昭和9)年に慶尚北道警察部で編纂された高等警察つまり公安警察の管轄に属する事件やデータ統計などを集めている。具体的には義兵や3.1運動といった騒乱の歴史、道内の民族運動や政治運動、宗教運動やそれに関する団体の解説と統計、内地在留者など在外朝鮮人の概況と動向、さらには朝鮮内在留の外国人や出版にかかる資料、解説を収録している。とくに大正中期から昭和初期にかけての内地渡航政策の変化とその内容については時系列順に解説されており、渡航政策の変遷に対する理解を助けるものとなっている。

国立国会図書館所蔵

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p146~150

    第四章 内地在留朝鮮人の状況

     (第一節「概況」、第二節「朝鮮人労働者の状況」は省略)

 

     第三節 朝鮮人労働者の内地渡航取締

 朝鮮人の内地渡航は第一項記載の如く年々増加し其間当時の社会事情其他の原因より大正八年以来前後三回約七年間に亘る渡航制限を加へたることありて其間の減少は別として大勢は著しき増加傾向を辿り昨昭和三年の如きは渡航者二三、七八七名(全鮮を通して一四八、一一二人)に達せり而して大正十四年来労働者の内地渡航に付ては次項以下記載の如く制限の方法を講じつつありて尚且如斯著しき増加を示せるものにして仮に現在の如き制限の方法を採らさりしとせは昭和三年の如き本道よりの渡航者のみにても優に約三五、〇〇〇人に達したるへし之に反し帰還者は僅に六、一四三名に過きす鮮人の内地渡航問題は実は内鮮刻下に於ける一大重要問題として目され渡航制限問題に関しては従来の如き一部左傾朝鮮人の偏見的に因る論せんか為めの論議に非すして今や内鮮朝野論客は本件に関し或は社会政策上より或は警察上の見地より各各立場々々に於て真摯なる論究を加へつつありて之か対策に付ては相当講究を要するや勿論なり

      一、現行渡航阻止の由来

 前叙の如く渡航者年々に著しき増加を来し而も其の大部は無学者にして国語、内地の風俗習慣を解せす一旦渡航するも就職口の如きも意の如くならす内地在住不良輩に乗せられて旅費さへも詐取せらるるもの亦不尠、之か保護の趣旨より大正七年一月府令第六号を以て朝鮮外に於ける事業に従事する労働者の募集取締規則施行せられ次て大正八年三月騒擾後主として警察取締の見地より警務総監部令を以て朝鮮人の旅行取締に関する件を制定し朝鮮人旅行者に対し証明書を携帯せしむる事とせる結果同年は渡航者二、〇〇〇名に止りたり

 然るに如斯取扱は自由拘束の著しきと鮮内の民心漸次静穏に向へるを以て其後一、二年間は此の制限に多少緩和手心を加へ大正十一年に於て遂に此の証明書制度を廃せり

 一度此の制度を撤廃するや時恰も内地は経済界の反動に席巻され居たるにも不拘恰も決河の如き勢を以て内地渡航増加し大正十一年に於て一躍八、二二二名に騰れり、同十二年に於ても亦同様増加の趨勢にありしか偶々同年九月関東大震火災の為め一次同地方のへの渡航を阻止するの止むなきに至り大正十三年五月震災地方の秩序恢復に至る迄再ひ前記の証明制度を復活したる結果渡航者数は大体前年に多少増加セルの程度に止れるも帰還者か一躍八、五六五人に達せるは震災の避難帰還と当時の流言蜚語に原因せるものなるへし

 然るに大正十三年五月右制度撤廃するや被阻止の反動と震災復興事業に依る労働者の需要予想とは遂に同年の渡航者一二、〇〇〇人を突破せしむるに至れり仰々内地渡航制度の如きは前述の如き必要事情の存する場合は兎も角其他の場合に於ては穏当ならさるは勿論なるも之を大勢の趨く儘に委せんか内地主要都市に於ける労働者の需給に甚大なる関係ありて可否の理論は兎に角も実際問題として需給調節の必要切迫により大正十四年十月以降主として慶南道に於て再ひ渡航者の保護阻止を実施し現在に至れり然るに如斯して釜山に於て所謂漫然渡航者の阻止に努むるに時既に彼等は郷里出発後なる為め船車賃の割戻等によりて郷里に帰還せしむる等の方法に依りしも斯くては徒に手数のみ煩瑣にして加ふるに被阻止者に不平を買ひ或は内鮮差別云々の口実を設くるの虞あり更に一歩を進めて地元阻止によりて保護阻止の効果を得へく昭和三年七月以降出郷前に於て可成阻止の方法を講し

 一、就職口確実なる者

 二、必要旅費を除き尚十円以上の余裕を有するもの

 三、モルヒネ中毒者にあらさること

 四、ブローカー募集に応したるものにあらさること

等の各項条件を具備し渡航止むを得さるものに限り署所に於て釜山署宛渡航紹介状(可成戸籍謄本に奥書)を交付連絡を保持し以て渡航者か釜山迄赴きて阻止せられ帰郷するか如き無用の失費を防止すると共に所謂不正渡航等の少からしむる様努めつつあり

      二、阻止の状況

 前項の如く紹介状制度制度実施により同八月より十一月迄の間渡航者は減少し之に反し被阻止者は相当増加を示せり之か原因は反面に於ては御大典特別警戒に依る渡航阻止も一原因たるへきも紹介状制度の効果に因る処少しとせす

 然れ共本道は昨年度稀有の旱害に見舞はれ極度の生活難を訴ふる者続出し其の結果内地渡航を志すもの夥しき数に達し十一月御大典特別警戒の終了するを待ちて他の被阻止者中の者と合して恰も雪崩の如く流出し十二月中の渡航者一、六五八名阻止者(地元)三、二八四人に達したり今紹介状制度実施の昨昭和三年八月より同四年五月に至る間の渡航並に阻止の状況を表示せは別表の如し

      三、所謂密航者の取締

 前叙の如く渡航阻止実施の結果殊に昭和三年七月紹介状に依る取扱開始以来紹介状を得られさるの徒輩は初志の目的達成の為め或は取締官憲の監視の視線圏外より密に内地渡航を企て或は取締警察官の面前に於て公々然不正手段を弄し発見さるるもの続出し最近の如きは公文書偽造の犯罪著しく増加し内地渡航に関する特種犯罪現象を顕出せり以下是等所謂密航の状況及之に因由する犯罪の概況に付て記述すへし

1.所謂密航の状況

 大正十四年十月渡航阻止開始以来阻止者は何等かの方法に依りて初志を達せんとして当初は連絡船以外の会社船乃至は発動機船等内地往復船によりて渡航の方法を構しつつありしも内地沿岸府県の取締は漸次巧妙厳重となり渡航先に於て発見さるるもの不尠、而して此等密航船人に対しては内地官憲に於ても相当保護の方法を講し多くは目的地に向はしめ或は就職の斡旋を為し特に就職の可能なきものに対しては便船等により本籍地に送還する等の方法を講しつつあり然るに次項記載の如く此等密航者は最近に於ては釜山其他鮮内沿岸に潜在する所謂密航<u>フローカー</u>巧なる魔手に乗せられたるもの大部にして元より密航者の取締に徹底を期すへきは勿論なるも現下の対策としては此の密航<u>フローカー</u>の徹底的検挙を以て最も緊要事なりと認む今試みに昭和三年八月以降同四年五月迄内地官憲によりて発見せられたる道内よりの密航鮮人の状況を示せは別表の通りなるか巧妙なる方法に依れるものは多くは発見せられす其数も判明せすと雖も別表渡航阻止表中密航せる者と認めらるる者欄記載数字に依れは略々推察に難からさるへし

2.内地渡航に因由する犯罪

 叙上の通り渡航阻止は自然の勢として密航者を続出せしめ多くは此の方法に依らむとせるか昭和四年七月紹介状制度の実施と内地官憲の取締厳重なるにより其方法も勢ひ第二段に出て其の方法の性質より当然の帰結として次記の如き特種犯罪を生むに至れり

(イ)渡航者の犯罪

 紹介状制度の周知は既に僻地にも及へる結果渡航希望者の多くは所轄署所に紹介状の交付を願出するも自ら省して下付の見込なきもの一旦願出たるも阻止せられたるもの、或は紹介状交付を容易ならしむめむとするもの等は紹介状受給の手段として

一、他人の戸籍謄本、氏名を冒用するもの

二、内地在住知己より死亡又は危篤の偽電を発せしめ之を提示するもの

三、同上内地在住者を通して内地工場主其他の雇傭証明書を郵送せしめ之を提示紹介を願出するもの

四、留学生の在学証明書を冒用するもの

五、在内地知己の貯金通張(ママ)の郵送借受け再渡航を装ひ紹介を受けむとするもの

六、在内地知己と通謀し郷里家族を連行の為め一時渡航と称するもの

 等多種多様殆んと想像外の方法を講しつつあるか此の方法さへ自然陳腐とされ最近は駐在所首席巡査の私印甚しきは警察署印を偽造して紹介状を偽造して其目的を達せんとするものさへ出するに至れるか此等事案に対しては徒に内地渡航者に模倣せしむるの虞あり殊に公文書官印の偽造の如きは刑事犯として重要事案なるを以て之か検挙は仮籍なきを期し居れるも其の犯行の動機目的たるや多くは単なる内地渡航熱に刺戟せられたるものに過きさるを以て之か処分に就ては多くは起訴猶予意見訓戒放免、等の方針を採り其他のものは多は説諭に止めつつあり

(ロ)密航フローカー犯罪

 地元にて阻止を受けたるもの或は漫然渡航の目的にて釜山其他海港に彷徨徘徊するもの増加に伴ひ之等の心裡を巧に利用して内地渡航を斡旋すと称し手数料として六円乃至二十円を徴し十頓乃至二十頓内外の小発動機船にて対馬又は福岡、山口、長崎県下等に密航せしめ居たるか客年八月以降に於ては更に犯罪方法を更改し偽造紹介状の販売詐欺事犯著しく増加せり

 而して其の販売たるや一件三円乃至一四、五円を徴し其の目的の如きも単に販売援与による金銭詐取に止まり何等渡航に関する責任を負担することなきを以て第一方法に依るもの以上に辛辣なるものあり其の行為たるや最も情の悪きものありと雖も其の犯行たるや多くは不知の者相互間而も夜間路上にて行はるるを常とするか故に其の検挙は困難なる関係ありて従来道内に於ける被害者多きも犯人の検挙(主として釜山地方に行はるる為)なし

 以上の犯罪にして昭和三年八月以降同四年五月末迄の状況別表の如くなるか其の何れの事犯たるを不問犯罪動機目的自ら差ありと雖も等しく渡航阻止の産める犯罪にして本件渡航阻止に対する鮮人一般有職者(左傾者輩は勿論)の感想か「穏当を欠けるに非さるか」との語に一致せる等の事実と対比し何等かの社会的政策に於て両者の間の緩和等相当考究せらるへき問題たり

 

p340

一七、朝鮮人内地渡航又阻止状況表

区分

(年)月別

渡航者

阻止者

戸籍謄本に裏書交付せるもの

紹介状を発給したるもの

阻止に応せず渡航せりと思はるもの

地元阻止

駅停留所等にて阻止せるもの

昭 和 二 年

-

-

-

14,688

-

-

-

-

-

-

14,688

-

-

-

昭和三年

自一〇
至七月

-

-

-

19,035

-

-

-

同  八月

217

228

284

729

888

617

1,505

同  九月

510

159

274

943

1,232

473

1,705

同  十月

560

50

188

798

1,299

229

1,528

昭和三年十一月

431

93

100

624

1,767

341

2,108

同 十二月

1,287

205

168

1,658

2,737

547

3,284

昭和四年 一月

1,584

120

338

2,042

3,801

239

4,040

同  二月

1,922

134

289

2,345

4,770

32

4,802

同  三月

3,289

125

252

3,666

6,750

364

7,114

同  四月

2,968

95

345

3,408

5,769

294

6,063

同  五月

1,973

88

169

2,230

4,151

302

4,453

                 

 

一八、不正手段に依る内地渡航者処分調(自昭和三年七月至昭和四年五月)

処分別

不正方法

検事送致

罰金科料

拘留

訓戒

説諭

備考

紹介状偽造

9

-

2

3

-

16

△は偽造の事実判明するも関係者所在不明の為取調不能

△68

不実申告

-

1

1

29

350

381

 

印章偽造

2

-

-

-

-

2

 

雇傭証明書偽造

1

-

-

1

87

89

 

詐欺的手段密行悪ブローカー

2

-

-

-

-

2

 

偽造証明

-

-

3

1

33

37

 

留学詐称

-

-

-

-

10

10

 

他人の証明書使用

-

-

3

-

3

-

 

他人の戸籍謄本使用

-

-

3

-

3

-

 

14

1

6

42

480

543

 

△68