昭和16年12月第79回帝国議会説明資料

朝鮮総督府『朝鮮総督府帝国議会説明資料』第6巻(不二出版 1994)

朝鮮総督府が帝国議会での説明や答弁のために作成、提出した資料を収集し復刻刊行したもの。この第6巻に収録されている、昭和16年12月の第79回帝国議会説明資料のうち、朝鮮人内地渡航に関する警務局の説明資料部分を提示する。既に提示されている1934年10月30日の閣議決定「朝鮮人移住対策の件」などこれまでの渡航対策、方針の流れや経過などの説明にも関係してくる。

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朝鮮総督府
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6 渡航制限制度

 朝鮮人の内地渡航は原則として之を自由と為し、唯従来より労働者に在りては内地に於ける種々なる実情より之が慢然渡航を諭止し来りたるも、渡航者は年々増加して遂には内地に於ける労働者に不安を与へ、殊に欧州戦後の内地経済界の不況は一層深刻の度を加へたると、此間一部不逞者の潜入等もありたるにより、大正十四年八月内務省の要望に依りて之が渡航に制限的取締を加へ、更に昭和九年十月閣議決定事項の趣旨に基き、内地渡航労働者を一層減少せしむる為之が保護指導を強化し来たれる処なるが、本渡航制限は一部に於ては一般朝鮮人の渡航制限と誤解し、或は非労働者の渡航に際しても誤れる措置を為す等の実情よりして朝鮮人に対する差別的取扱なりとの不平不満著しく、延いては民族的反感をも醸成するに至る等朝鮮統治に及ぼす影響尠なからざるものあるのみならず支那事変以来朝鮮人の愛国心の発露と目さるべき美談佳話澎湃として起り朝鮮人の皇国臣民化は一段と促進せられたる実情に鑑み、朝鮮人に対する施策の中内鮮差別待遇なりとの非難を受け居りたる本制度の全面的撤廃をも必要とする情勢に立ち至りたるも内地に於ける諸種の実情よりして之が実現を見ざりしが、昭和十三年三月朝鮮人内地渡航取締に関して内地当局に対する要望事項(別紙甲)を提出せるに対し、内務省より適切なる回答(別紙乙)を得て、爾来内地渡航朝鮮人の取締は一段と改善せられ、朝鮮人間に於ても好感を持する等内鮮一体の具現化に寄与する処大なるものありたり

 然し乍ら朝鮮人労働者の内地渡航制限制度の存する限り、之に随伴して行はるる内地側の取締実情は朝鮮人に対して差別的取扱を為すとの観念を払拭するに至らず、朝鮮統治上の大なる障碍となりつつあるを以て、昭和十四年以来内地労務者の不足に鑑み送出し居れる多数朝鮮人労務者との関係を考慮し、本制限を全面的に撤廃して新に労務調整の見地より必要なる統制を加へ、以て多年の懸案たりし渡航制限に関する内鮮差別感を一掃し、明朗なる統治の下に忠良なる皇国臣民を練成し、内鮮一体の境地に到達せしめんと努めつつあり

 

朝鮮人の内地渡航取締に関する朝鮮総督府の要望事項及内務省の回答

甲 朝鮮総督府要望事項

乙 同上に対する内務省の回答

一、渡航取締の趣旨に就て

朝鮮人の内地渡航取締は内地に渡航し労働に従事する者に対してのみ実施せらるるものにして労働者以外の一般渡航者は自由に往来し得るものなることの趣旨を取締警察官に徹底せしめられたきこと


従来に於ても労働者以外の一般朝鮮人の渡航の自由なることに関しては其の趣旨の徹底に努めつつある所なるが今後一層之が徹底に努め度
不逞分子の潜入防止並検挙の立場上渡航朝鮮人に対し連絡船又は列車中に於て一応之が取締を為すは止むを得ざるべし然れ共実際の処遇に当りては朝鮮当局の発給に係る諸証明書を尊重し努めて二重取締の弊を避け度

二、内地在留朝鮮人の取扱に就て

1.内地に在住する朝鮮人に対する警察官の処遇上の言語態度等に注意せしめ朝鮮人なるが故に差別取締をなすが如き態度に依り不平反感を誘発せざる様留意せしめられ度く特に内地に於ける船舶列車中の朝鮮人に対する移動警察官の処遇に留意せしめられたきこと

 

1.朝鮮人の処遇に関しては貴意に副ふべく一般警察官特に平素最も多く朝鮮人に接触する内鮮係員又は移動警察官に対し指導教養に努め度

2.一時帰鮮証明書の発給を内地在留朝鮮人工場労働者等特定の者に限定せず労働者全部の一時帰鮮に付簡易なる取扱に依り之を発給することとし其の有効期間を二ヶ月(現在一ヶ月)に延長し又必要に応じ臨時之が延長を認められたきこと

2.一時帰鮮証明書の発近(ママ)は工場鉱山等に稼労する労働者のみに止らず其の他の労働者一般使用人にして再渡来後就職先確実なる者及有識職業に従事する者並に独立営業者にして特に希望ある者に対しても貴意に副ふべく又其の有効期間の延長に関しても貴意の通り規定の改正を行ひたり

3.扶養義務者が既に内地に在る場合其の扶養家族が義務者の許に渡航する場合は行先地所轄署に対する渡航照会を省略し自由に渡航を認むること

3.扶養義務者が既に内地に在る場合被扶養者の渡航に関しては扶養義務者が単独にて扶養し得ることを前提とし妻の渡航に就ては取扱上特に考慮致度
尚父母及子に就ては本人が鮮内に於て稼働能力なき場合に限り妻に準じ考慮致度
孰れにするも扶養義務者の居住地所轄警察署に対し事前照会の手続相煩度

4.内地在留中の所謂不良朝鮮人の朝鮮送還を差控え内地在留者は内地当局に於て之が教化指導に努めらること

4.内地に於ては近年特に協和事業の普及及充実を図り在住朝鮮人の教化指導の完璧を期しつつあるも同事業遂行を甚しく阻害し一般朝鮮人の善導を不可能ならしむるが如き者に限り送還を必要とす然し乍ら右の如き送還者は将来協和事業の徹底に依り漸減するものと認めらる

三、渡航照会に就て

朝鮮側警察官憲より内地渡航希望者に関する照会ありたる時は内地警察官憲は速かに調査回報するは勿論渡航不可なるものに付ては其の事由を渡航希望者に納得せしめ得るに足る様詳細朝鮮側警察官憲に回報せられたきこと
従来往往渡航を諭止すべきものなることの事由を一律に不動文字にて印刷したるものを以て回答せらるる向あり


貴意に副ふべく努力致度

四、労働者募集に就て

1.内地に於ける雇傭主にして鮮内より労働者を募集せむとするものに対しては内地在留の失業朝鮮人中より雇用することを勧告し朝鮮内より新規の労働者を不正の方法に依り誘引せざる様取締られたきこと若し鮮内に於て朝鮮人労働者を募集する場合は労働者募集取締規則(総督府令)に依り許可を要するものなることを一般に周知せられたきこと

 

1.貴意に副ふ様取締るべし

2.内地方面より鮮内の朝鮮人労働者募集に就ては所轄府県知事の募集の正当なることの証明書を添附出願せしむることとし其の実情に依りては許可の方針を採りたし

2.本件に就ては許可相成らざる様致され度

本項に関しては支那事変の進展に伴ひ各種産業の統制強化せらるるに従ひ内地在住朝鮮人の離職する者相当多数に上る見込に有之之が対策に関しては尠からざる困難を予想せらるる次第なるを以て今後一層取締を強化致度

五、私立学校の生徒の渡航に就て

1.私立学校在籍の朝鮮人学生の携帯する在学証明書中往々写真の貼付なきものあるを以て必ず写真を貼付する様学校当局へ徹底方取計らはれたきこと

 

1.在学証明書に写真のなき貼付事実発見の都度各府県に於て当該学校に対し励行方厳達しつつあり

2.私立学校にして真に入学修業する意思なき者に対しても在学証明書を発給する向ありて本証明書を不正渡航に使用せんとする者尠からざるに付取締上留意せられたきこと

2.入学前の在学証明書発給に関しては各府県に於て学校当局に厳重注意を促しつつある処なるが将来之が絶無を期し度

六、密航者取締に就て

密航者(不正渡航者以下同じ)と雖発見当時相当の年月を経過し業務に就職(就労)しある者に対しては朝鮮送還を差控えられたきこと尚之れが送還の取扱に付ても一般犯罪人と同一視し過酷に亘るが如きこと無き様取計はれたきこと


密航者の取締に就ては現在に於ても貴意の如き取扱を為しつつあり尚送還者の取扱に関しても貴意の如く将来共適切なる取扱致度