労政時報 朝鮮人労務管理要領

発行年:1942年(昭和17年)

発行:労務行政研究所

国立国会図書館所蔵

『労政時報』は、労務行政研究所(現在は一般財団法人労務行政研究所編集、株式会社労務行政発行)が昭和5(1930)年から労働に関する環境や法制度などについての調査や解説などを編集発行している。

 本書は、昭和17(1942)年の「労務動員実施計画に依る朝鮮人労務者の内地移入要領」によって、所謂「官斡旋」方式で朝鮮人労務者の集団移入を実施するようになり、その管理取扱について手法や情報の共有化、普遍化を図る必要が生じたため、石炭統制会の坂田進によって執筆された。「序」に、三日間で書き上げ推敲の時間もなかったとあるように、誤字もしくは誤植、用語の不統一が見られる。内容としては、労働力としての管理教育、福利厚生についてだけでなく、当時の施策であった内地化、所謂「皇民化教育」の推進という観点からの朝鮮人の習俗に対する解釈、指摘や提言もあり、当時の「内地」の認識を示している点でも興味深い。

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労務行政研究所
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     序

 朝鮮人労務管理の重要性が日に増し増大しつゝある時、平素考へてゐるところを簡要を期して纒めやうと企て、勿卒の間、しかも僅か三日間に書き上げた許でなく、推敲の遑さへなく、故に満たざる点多々あることを遺憾とするも、一先ず発表して大方の御叱正を仰ぐことにした。

 若し此の拙稿が幾分でも管理の衝に当らるゝ方の参考になるならば、筆者の願ひも達せられたといふことが出来ると思ふ。

 昭和十七年八月十五日

                石炭統制会にて

                         坂田 進

 

 

朝鮮人労務管理の要領

    第一 朝鮮人労務管理の特異性

 韓国併合後僅かに三十三年であるけれども、日本人として融合同化の道程に強く歩を進めつゝある朝鮮人は、其の歴史、風俗、習慣、言語等に異なるところがあるので、その労務管理に於ても自ら内地人のそれとは選を異にするものがなければならぬ。

 

一、朝鮮人労務管理の二つの型

 従来の朝鮮人労務管理に大体二つの型があると思う即ち

 1.強圧主義的労務管理

 2.温情主義的労務管理

 強圧主義では朝鮮人の短所を矯正せんとするに急にして彼等の特性を顧みない憾がある。そのために民族政策上からも、産業能率上から見るも、屡々危険性を帯び、求むるところの反対の結果を招来することがある。而して又、温情主義は民族政策上の危険を包蔵することはないが、彼等の特性を顧みざる点に於て前者と軌を同一にし、その結果、産業能率を阻害し、朝鮮人労務管理の容易ならざるを■たしむるものがある。

 二、圧迫か庇護か

 しかるに朝鮮人労務管理を論ずるに際して、想出さるゝことは、英国ソ連との民族政策の相違である。両者共にアジアにヨーロッパに種々の民族を擁して国を立てゝゐるが、その民族政策を見るに、英国は圧迫と搾取とを以て経済的利益を主とするため、政治的破綻を招来しつゝあるは、印度が最も明らかな実例である。之れに対し、ソ連は庇護と開発とを以てし、多大の経済的犠牲に於て、政治的効果を睨つており、人種的偏見は刑法上の犯罪として取扱ひ、臨むに厳罰を以てし、国内の諸民族間に問題を起さないやうに非常に気をつけてゐるのである。

 圧迫か、庇護か、この二つの民族政策の取捨はともかくとして、朝鮮人労務管理の上に於て大に考へなければならぬ問題を提供してゐると思ふ。

 三、失敗の原因

 朝鮮人労務管理の失敗を繰返へしつゝあるは朝鮮人の民族的傾性の好ましからざるに基因さること論を俟たざるも管理者がその対象たる朝鮮人そのものゝ本質に関する認識を怠り、朝鮮人は「厄介な民族」でといふ単なる先入感によつて管理し来りたるのと、日本人の通有性たる余りに潔癖に偏すると同時に功を收むるに性急なるに源由するものあるを思はしむるものがある。

 四、真相の把握

 由来人間は思想、感情、習慣に制約されるものである。如何なる精神生活も、行動も、その人の過去の生活経験を基礎としてゐるのでこれを無視しては現実の精神生活乃至行動の真相を把握することは困難である。

 五、特性と対策

 それで、朝鮮人労務管理に際りては、彼等の長所、短所即ち民族としての特性を知って対策を樹て、長所は之を助長し、短所は之を矯正さるところがなければならぬ。

 六、朝鮮人労務管理の難点

要するに朝鮮人労務管理の難点は、皇国臣民として資質を錬成するといふ民族政策的な立場と且つ労務充実によつて、戦時下増産を必至としてゐるので、可及的に低能率なる彼等を有能なる産業労務者として育成することで更に内地人朝鮮人労務者の協和といふ重要なる点にその特異性があるから、朝鮮人労務管理の責務は重且つ大なりと謂ふべきである。

 

   第二 朝鮮労務者の特性より見たる労務管理

一、長所短所と其の対策

 朝鮮人労務者の特性と称するときは恰も朝鮮人のみのものと独断される虞れがある。しかし。内地人は勿論他の民族と雖も程度の差こそあれ多少朝鮮人と同様の傾向を有するものであることを看過してはならぬのである。更にこれは移入朝鮮労務者の大部分が斯の如き傾向を帯びてゐるのに過ぎないので、知能に於ても、将又徳性に於ても優れてゐるものがあるのを忘れてはならぬ。兎角対手を評価する時に自己の尺度を以て測るといふのが人間の弱点である。そこで、この点我々が批評する場合には大いに戒慎しなければならぬことを痛感するのである。次に特性の個々に就きこれが対策を附記し。更に重要なる事項を述べるのであるが、「訓練要綱」にて尽きたりと思惟する事項はそれに譲ることゝする。

 長所(性情と助長策)

1、孝心深く親に対し絶対に服従する風あり

儒教より来る美風にして彼等の申出である時に此人情の美点は大に酌まなければならぬ。然しよく偽つて帰鮮の理由とする場合あり注意を要す。

2、祖先崇拝の美風あり

これも儒教より来るもので、祖先の祭典を年四回も挙げるといふが、彼等が帰鮮せざるも、此の美風を存続するやう管理者は常に彼等に対して配慮を怠つてはならぬ。

3、肉親者、同僚に対して同情心深し

大家族主義及びその延長で同類団結の風ありて屡々紛議を醸すことあり。又内地の他の処に縁故あるときは逃走の端をなすの例あり、通信交通等常に注意すべし。

4、男女関係正し

これも男女七才にして席を同うせずの儒教より来るもので彼等の妻に馴れ〳〵しく言葉を掛けることは慎まざれば、思はぬ紛議を起すことあり注意を要す。

5、礼儀正しく長幼の序あり

儒教の影響によるもので、年長者を敬ふ美風を知りて幼者の前では彼等を侮蔑するが如き態度に出でざる様にすること又彼等の敬礼に対しては必ず答礼を忘るべからず

6、官憲強者には柔順にして命令に従ふ

前の長者を敬ふ精神と事大思想とより来るもので、彼等は階級観念強きが故に臨むに厳正公平の態度を失はざる様にすることが肝要である。

7、人に対して寛容にして応(ママ)揚の風あり

儒教精神の現れなれども事一度彼等の利害に関することに及べば、此の風も一変する事例を往々見るに至る。故に彼等の行動は一面のみに囚はれることなく最深の注意を以て臨むこと。

8、質朴にして粗衣粗食に耐ゆ

移入労務者は概ね下層生活者に在りしものなれども、内地に来り生活環境の相違に此の風改まるものあるは当然なるも亦、一面見栄坊の性質あるを以て善導に留意すべし。

9、金銭により現場の難易に拘泥せず

利益あれば如何なる過激、下賤、不快の労働と雖も厭はぬ風あるも渡航後日を経るに従つて、此の風潮を失はるゝ傾向を示すので速断は禁物なり。

10、日支両国人の体格、体力から比較するに内地人最も劣り支那之に次ぎ、朝鮮人は遥かに優れてゐる。然し労働量に於ては内地人、支那人、朝鮮人の順となり、勤勉に於て朝鮮人最下位に在る。

この点管理者の熟慮を要する所なり。

11、単純なる反復作業に適す

知能程度低く研究心並に創意工夫に乏しき彼等に簡単なる繰返作業に従事せしむるときは可成の能率を挙げ得べし。

12、内地人に比し出稼率良好なり

彼等の移入当初は内地人より出稼ぎ率高きも日を経るに従ひて低くなの(ママ)傾向顕著なり、生活環境の激変及び彼等の民族性の欠点より来るものゝ如し。管理者の検討を要す。

 

短所(性情とその矯正策)

1、知能程度低くして向上心を欠く

無教育者が向上心を欠くことは其の通例とする。然れども彼等の素質そのものゝ悪しきに非ず。生活環境が然らしめたもので教育と訓練とによつて向上せしめ得る。

2、判断力乏しく融通性なし

知能低き者は判断力が乏しく、偏狭なるは周知の事実なり。

3、生活の中心を一身一家に置き国家観念乏しく時局認識を欠く

永く被圧迫民族として大家族主義に閉じ籠り国家観念の乏しきは自然の勢である。皇民教育の徹底を要すること切なり。

4、事大思想強し

隆替興亡常なく、常に強者に圧迫せられし永き歴史を有する。然れども之を憐れみと同時に、臨むに愛と正義の強者として、厳然として接するときは漸次心服し善良なる彼等の使命を果さん。

5、民族的問題に関し団結心強し

「よぼ」「鮮人」「馬鹿野郎」等々彼等の嫌ふ蔑視さるやうな言葉は絶対に発しないこと。一人の同僚が辱められて多数群をなして行動さる場合多し、注意を要す。

6、思慮浅薄にして附和雷同性に富む

知能低き者は判断に迷ひ、他人の諫言に従ぜられ一時的興奮に駈られて常軌を逸するの行為に出づるものなれば彼等の動向に最深の注意を払ふと共に教育に力を注がなければならぬ。

7、虚言多く表裏の行動ありて厚顔無恥なり

無教育なるのみならず私己主義で極端なる大家族主義の下に生活して来たので、自己の都合の良いことのみを考へて行ふ習性あり、殊に所有観念に至つては自他の区別薄弱で、他人の物を窃んで発見された場合等で返却すればそれで済むといふやうな誤つた考へをもつてゐる。道徳教育の要あり。

8、積極性乏しくして気力弱く依頼心強し

これも極端なる家族制度の弊で、常に独立自尊の気風を培ふ様に指導さること。

9、温情主義に狎れ増長し安く忘恩の傾向あり

余りに寛容なる態度を以て臨むときは図に乗る虞れがある。寛厳宜しきを得ると共に凡ゆる機会を捉へて報恩の思想を吹き込む必要がある。

10、執拗にして誇張性を有す

執拗なる性質は利己主義より来れるものか好んで論争をなし、又小さな不平を大袈裟に言ひふらす癖あり。そこで斯の如きは直ちに不正直なりと速断せず、彼等と応対の際注意すると共に善導を要す。

11、団体生活に慣れぬ者多し

移入朝鮮労務者は概して文化不便の地に住し無教育なると極端なる家族主義の結果、団体生活に慣れざる者多きを以て「訓練要綱」に則り根気よく教育しなければならぬ。

12、自己中心的にして人情薄く、義侠心少なし

従来の如き生活環境よりして大家族主義下に在りし彼等が自己中心となり、人情を解せず義侠心を有せざるに到つてゐるのは当然である。これ等の性情も教育の力に俟つより他に方途はない。

13、見栄坊なり

この短所を利用して衣食住生活の内地化を図ることを忘れてはならぬ。

14、貯蓄心に乏し

之は貧家に育てる者多きと大家族主義では扶養を受くる慣習あるが故に個人としても家族の又国家の一員としての義務を果たす上に貯蓄の必要なるを納得せしめて指導するを要す。送金を勧奨するも亦同じ。

15、女房は経済観念に乏し

これも大家族主義の馴致せる結果である。14と同じく教育する必要あり。

16、利害に敏感なり

賃金は一銭でも多き処へ移動する傾向あるを以て常に彼等の不平不満は些少なりとて之を顧みざるが如きことなく賃金其他金銭に関することはよく納得行くまで説明するの労を厭ふべからず、又作業としても本番より請負を以て可とす。

17、賭博を好む風あり

賭博は生活程度低き彼等の娯楽の感あり、この悪癖を矯正するには彼等に向く健全明朗なる慰安、体育等を以てすると同時に国法に触るゝ悪事なることを教ゆる必要あり。

18、衛生観念欠如す

19、密造酒の習慣あり

概ね僻遠陋巷の下層生活を営み利益に敏なる彼等安価なる飲酒に走るは自然の勢なるを以て、若し発見したるときは其の不心得を諭し酒税法違反の何たるかを知らしめて再び犯さざらしむること。

20、冷飯を嫌ふ風あり

朝鮮に於ては階級制度厳然たるものあり、貴族階級は冷飯を食はぬ習慣あり、下層階級にして見栄坊たる彼等は他人に誇示せんが為に「冷飯を食はぬ」等放言するに至るもので十分説諭して此の風を改めしなるを要す。

21、責任感薄し

利己主義的なる彼等は責任感薄きは当然なり故に彼等のみ組合はせたる作業及個人的又は監視の届かざる日役の作業に従業せしむることは注意を要すると共に社会生活上責任の如何に重大なる意義を有するかを教育し、此点特に注意して団体訓練を施すこと。

22、持久性乏し

無教育者は概して自律自制心に乏しく物に厭きる性質を有するを例とす。朝鮮人の場合も亦此の例に洩れず、従つて一つの事業場に定着すること難く又長時間の労働を嫌悪する風あり教育訓練の力に俟つより外に途無し。

23、国語を解せざるに因り作業上の連絡不十分なり

24、猜疑心強く会社を信用せざる風あり

知能程度低き者は理解力乏しきを以て猜疑心強きを例とす故にこの位のことは判りそうだと思はることでも懇切叮嚀に説明納得せしむるを要す。

25、研究心乏しく創意工夫を欠く

知能程度低き者が能力を有せざるは理の当然である故に此等の労務者の適性を考慮して頭脳を要するものを避け運搬、積込等単純なる繰返作業に従事せしむるを要す。

26、動作緩慢にして急速を要する作業には不適なり

機械操作労働及び特に保安上注意すべき作業又は場所に使用せざる方可なり。

27、些少の傷にも臆病にして休業する風あり

臆者は愚者の通有性である彼等の傷病の如何なる程度のものなりやを知らしむると共に現場係員、医師等連絡の上此の弊を防ぐこと。

28、無抵抗主義の風あり

朝鮮の歴史は人民圧迫の歴史であり厳然たる身分階級制が牢固としてある。被圧迫民族の唯一の抵抗は無抵抗主義であることは印度のガンヂーが手本を示してゐる。彼等は自己の意思に満たざることも表面反対を表示せずして消極的に服従せざる風ありて極端なるものに至りては断食同盟を実行せる例もあり彼等の行動に対し最深の注意を要す。

 

 二、供出時に於ける詮衡

 朝鮮労務者の逃亡多きは彼等の特性と就業後に於ける管理の貧困に原因すること多きも、供出時に於ける詮衡の慎重を欠くことも亦一因である。故に詮衡の際は本人に対し事業場の事情を知らしむると同時に、家庭の状況、其他慎重なる調査をなし、本人の気持を充分訊ねたる後採否を決すること。

 

三、対面式の挙行

入所式とは別に朝鮮人の初出勤の直前、担任現場係員並に同一現場に働く内地人労務者と対面式を行ひ、内鮮融和、共に携へて産業報国に邁進することを誓はしめること。

 

四、創氏制度の勧奨

朝鮮人労務者は内地人と同様の氏名を定め係員は自己愛持の彼等に就て其の氏名の記憶に努め呼称することゝすれば親密の度を増し、作業上に効果多し。

五、協和会々員章の所持

会員章は渡航直後協和会支会に於て本人に交付し、有効期限は二ヶ年にて期限経過後再交付のことになり居るが、各事業場に於て会員章を所持せざる者を絶対に使用せざることゝし、若し之に違反する者は本人たると事業主たるとを問はず相当の制裁を加ふることゝすること。

同会員章の有効期限満了の時は区々にして之が整理困難に付交付の時は各人に依りて異なるも、会員章の有効期限を全部一定して其の期限満了の時支会所管内の会員を調査一斉に再交付するときは交付洩れを防ぐことを得るを以て全部の会員に対し一定期限を画して再交付するの制度に改正すること。

 

六、食事に対する理解

貧しきと雖も大家族主義の温い懐に抱擁せられ、永年に亘る食習慣を一時に振切ることは相当に辛いことであるから、移住当初は「ニンニク」「唐辛」「漬物(キムチ)」等彼等の好物に寛仁の態度を示し徐々に之を改めしむるやうに仕向けること又労務者の食事に特別訓練をなすこと。

 

七、衛生改善

一般に不潔にして衛生観念に乏しきが故に時に左記事項に注意すること。

1、食器の洗滌、衣類、作業服の洗濯

2、便所の清潔

3、各室の掃除

4、作業服、地下足袋、所持品の整理整頓

5、衣類、布団、所持品の日光消毒

 寄宿舎全般のことは当番を定めて交代にて之に当らしめ各自の分は各自に励行せしめ、日を定めて検査の上注意し成績の優良なる者を表彰する等奨励の方法を講ずる一方、映画・紙芝居等によりて衛生思想を宣伝普及すること。

 

 八、余暇利用の善導

 懐かしき父母の地を離れて遠く生活環境の全然異なれる異郷に来りし彼等の労働を了へたる体に明日の勇気を振ひ起さしむるものは慰安であり、娯楽であり、体育である。是等に就ては最初に朝鮮に於けるものを主とし、徐々に内地物に移るやうに考慮し、内鮮人の対抗意識を唆るが如きものを避け、何れも健康明朗なるものを選択するを要す。その種類を挙ぐれば左の如し。

 相撲、蹴球、綱引、登山、腕角力、水泳、棒押、遠足、運動会、朝鮮将棋、ハーモニカ、横笛、朝鮮のレコード、朝鮮トーキー朝鮮の新聞、素人演芸会等

 

 九、国語教育

 朝鮮人に対する国語教育の必要は「言語の共通は民族を感情的に結合せしむ」所以であつて、これを事業場の実際に徴するに

1、作業に対する理解遅く能率の向上せざること

2、現場係員及び内地人労務者との意思疎通を欠くため紛擾を起し易きこと

3、会社の処置並に寄宿舎の些細の事柄に誤解する場合多きこと

4、⑵⑶を原因とする逃亡者を出しつゝあること

5、皇民化教育の徹底を期し難きこと

等を挙げることが出来る。

 国語教育を実施するには大体左の要領に依る。

 ⑴ 教育目標

現場作業に関連し、現場係員及内地人労務者と会話を為し得るを主眼とし、併せて日常生活に必要なる会話文通を為し得ること。

 ⑵ 教育内容

(イ)炭鉱読本    (ロ)採炭技術早わかり

(ハ)共和国語読本  (ニ)作業用鮮語の栞

等を基本として教案を作製すること。

 ⑶ 教育機関並に其時間

教育時間は公休日を除き毎日一時間以内とし三ケ月を以て終了すること。

 ⑷ 教育の場所

昼間教育を可とするも昼夜交代者は昼勤に在りては合宿、青年学校々舎等適当の処を選び、夜勤に在りては繰込時間を一時間繰上げ、接近せる安全班会場其他の場所に於て施すこと。

 ⑸ 修得奨励制度

修得程度を左記の如き三段階位に区別して試験しそれに合格した者に若干の加給をなすか、一時金として夫々若干支給する外各級合格者には帽子又は上衣に修得程度の標識を附して国語あ解否を認識せしめ作業に便ならしむること。

一級 繰込行事、作業用具名、作業の指示、現場生活並に日常生活に関し一方的に理解し得る程度

二級 現場生活並に日常生活の会話を為し若干文字を書き得る程度

三級 会話、文通共に為し得る程度

 ⑹ 国語修得環境の整備

朝鮮婦人は買物其他日常の用達には国語の必要に迫らるゝが故に習熟の進度速かなり。

故に国語ならでは通ぜざる環境を作ることが必要である。

その為には朝鮮人に接する現場係員は勿論内地人労務者、舎監等の会語(ママ)をなすに当りては可及的彼等に国語にて話すやうに努むること。

 

 一〇、職員、指導員等の鮮語修得

 国語を修得せしむる一面に関係職員指導員等に作業を中心としたる簡単なる鮮語の栞を作製して彼等と接触する場合に必要なる鮮語の修得に力を注ぐこと。

 

 一一、中堅朝鮮労務者の育成

 朝鮮労務者の中にも、思想堅実、技能優秀、業務精励の人物を往々発見することあり、努めて是等模範的労務者の選抜に意を注ぎて之を教育訓練すると同時に優遇の途を開きて中堅労務者たらしめて新移入朝鮮労務者の指導に当らしめるやうにすること。

 一二、内地人労務者の教育

言語の不通は兎角平地に波瀾を起し易きを以て内地人労務者に朝鮮人の特性及生活に関する知識を与へて内鮮人共同生活の融和を計ること。

 

 一三、朝鮮人専問(ママ)主任係員の設置

 朝鮮労務者の重要性に鑑み、各事業場に専門の主任、係員を置きて整理上の計画及之が実行の衝に当らしむるを要す。而して、その指揮の下に三回(ママ)十名に一名位の係を設置し、現場の交替別に配置して舎監、指導員等と連絡を執り管理の完璧を期すること。

 

 一四、職員、舎監、指導員の教育

 朝鮮労務者の指導者たるべき職員、舎監、指導員は管理の対象たる朝鮮労務者の何たるかを認識することは管理上の第一条件である。

 

 一五、直営合宿の整備

 朝鮮人労務者の約八〇%は単身者なれば合宿に於ける管理は重要なり。此処に事業場の合宿の現状と照し合せて改善すべき要点を指摘すれば左の如くである。

1、全部直営の合宿とすること

2、二三百人の大合宿制度とし、之に朝鮮労務者三十名に一名程度の指導員を配置すること。

3、舎監の収入は労務者のそれより多くすること。

4、舎監は内地人とし其外に朝鮮人にして国語を解し、思想健全にして指導力に富める副舎監を置くこと。

5、合宿には甲乙方各一名の労務係を配置し之に責任を負はすこと。

6、朝鮮労務者(内地人も)は移住後三ケ月以内に逃走者多し、管理を徹底せしむるため、訓練期間中舎監、指導員には特別手当を支給し、逃走者ありたるときは手当中より一人に付一定額を引去ること。

7、合宿に配置する労務係員の給料は多くは舎監に比して相当低し、それ故に表面に現はれざるも思はしからざる各種の問題が発生することがある。労務係員の待遇策を講ずる要あり。

 

 一六、現場係員との座談会

 一週間、一回乃至二回位朝鮮労務者中の主なるものと現場係員との座談会を開催して作業並に日常生活の実際問題につき懇談すること、食事を共にすることも彼等の喜ぶところである。更に現地の父兄への手紙通信――会社より朝鮮在住の父兄宛に本人の日常動静を知らせてやることは是非実行すべきことである。

 

 一七、紛擾、争議に対する処置

 朝鮮人の教育訓練に充分努力し平素管理に意を用ふると雖も彼等の特性、彼等の誤解に基き発生することあるべき紛擾争議等発生の萌芽に注意して対応し既に発生せんとする気配あり、又は発生せんとする場合は決して隠匿することなく、直ちに警察当局、協和会支支会其他関係機関と緊密なる連絡を執りて善処することを忘れてはならぬ。

 一八、信賞必罰

 未開の民族程勧善懲悪の必要なものはない賞罰を明にすることは管理の要諦である。数多の短所を有するが、又他面長所を有する朝鮮人もある故に彼等に対して、厳正なる必罰の態度を以て臨まなければならぬのである。故に怠惰にして規律を紊り或は国法を犯す者等不良労務者ある場合は之に制裁を加へ、さらに

(イ)就業成績  (ロ)安全成績

(ハ)移動成績  (へ)送金成績

(ニ)清潔成績  (ト)献金成績

(ホ)貯金成績  (チ)善行者

 等の各成績に於て優良なるものは団体或は個人別に表彰すること。

以上警察署、協和会支会其他関係機関と連絡を執り賞罰の効果を慎重に考慮したる上之を行ふを可とす。

 

 一九、訓練要綱の急速実施と模範管理事業場の設定

 民族の融和は国家の基礎を鞏固ならしむるものである。而して産業人の訓育は産業の盛衰に係る重大なる事業にして其の成否は直ちに事業の能率に影響する処甚大なるものあるが故に曩に制定せられたる「訓練要綱」の急速実施を図る要あり。然れども事業場の現状より見ると之が実施は言ひ易くして行ひ難き憾あり。依て全事業場に訓練の実施を促進すると同時に、二三の事業場を選びて之に主力を注ぎ徹底せる訓練を行ひて朝鮮人労務者の模範事業場となし他の事業場をして之に倣はしむることは朝鮮人労務者管理の徹底化の上に貢献するところ大なるものあり。

 

 二〇、逃亡対策

 移入労務者の中には到底かゝる教育訓練のみでは、定着し得ざる状況のものも若干あることは必定なので、これが対策としては種々の工夫方策が考慮さるべきも、左の事項につき官民の協力が肝要である。

1、食事の特別訓練

2、全国一斉に朝鮮労務者の検索を行ふこと――此の際発見したる各作業場の労務者は従前、就労作業場へ再役せしむることを建前とすること。

3、ポン引取締を厳重にすること

4、移動警察官を増員して逃亡朝鮮労務者の発見に努むると同時に発見した警察官には適当な賞を出すこと。

而して、朝鮮労務者に臨むに厳父としての務めは政府の力を以てし慈母としての務めは労務管理者が徹底的に力を致すのが彼等の性に合ふものである。

 

   第三 朝鮮人労務管理の要点

 一、精神と身体の現状と管理者の反省

1、前述せる如く、朝鮮労務者の特性を点検し、これを概観するときは、彼等の生活は社会学的には発達過程に在り、身体は医学的には成熟に達せるものにして、而してその精神は心理学的には要素毎に見れば、未発達の状態にあるものも存在するものゝやうである。

2、こゝに生活方面のことは暫く措き、精神方面についてその要素毎に見るときは、その短所中「判断力に乏し」「自己中心的なり」「温情主義に押されて増長する」「持久性に乏し」又は物に対して自他の区別観念なく、「厚顔無恥なり」の如きを心理学上より考察するときは幼児期の後期か、児童期の前期或は後期、又は青年期に相当するもの多く、未発達の状態に在るを思はしむるものがある。然るに身体の発達については既にその長所⑽に記せるが如く体格、体力共に成人期としても大なる特色を示すものがある。

3、従つて、身体的には成人期に属するも、精神的には幼児期、児童期、青年期、成人期といふが如き各精神要素は不均斉なる発達を示しつゝあるので、従来一般に彼等の外貌によつてのみ大人扱ひをなし来つたことについては再吟味すべき必要を痛感するものである。

4、我々は自己の家族及周囲の人々に対して次の如き省察を下されるのである。即ち、「馬鹿なる程可愛い」「或は「片輪なる程可愛い」と思ふ人情の自然発露に促されることが屡々あるが、朝鮮労務管理担当者が斯の如き朝鮮労務者の心身の発達状況を知悉せば、自らこれを処する方途は明白であらう。朝鮮労務者に対するとき自分の子に注ぐ厳父と慈母の至情を以てすることが当然なるを覚ゆるであらう。

それ故に叱るもよし、褒るもよし、「十罰しようと思つたら八罰し」「十褒めやうと思つたら十二褒めよ」貫くに此の理解とこの愛とをもつてすれば、自ら管理者と偕に楽み、偕に働く人となり労務管理の目的は十分に達せられることを信じて疑はぬものである。

 

 二、朝鮮人労務管理五則

 そこで、朝鮮労務管理の根本要諦は次の如きものに要約されるのである。

一、有能なる産業労務者の育成と皇国臣民たる資質を錬成せよ。

二、「一視同仁」「内鮮一体」は肇国の精神「八紘一宇」の同義語なりと知れ。

三、優越感を捨て扶掖と友愛とを以て臨め、信頼は信頼を生む。

四、親んで馴るるな而して愛の鞭と涙の折檻を忘るる勿れ。

五、一人の心は万人の心なり、管理の要諦は人間性を知るにあり。

 

 本稿は公務多忙に拘らず坂田氏に嘱しその所見をまとめていたゞいたもので、朝鮮労務者管理の研究資料として参考に供する次第である。