京城日報(昭和13年1月17日付)燦たり志願兵制度、史上空前の金字塔
記事中、「半島の代表者」として現れる3人の発言と社説に、朝鮮への徴兵制と義務教育制度の施行、参政権付与についての朝鮮人側の捉え方が詳しく記されている。今回の志願兵制度について、崔鱗は徴兵制と義務教育制度、韓相龍は更に参政権付与への通過点とみなし、いずれも朝鮮人に内地人並みの地位と権利を与える「内鮮一体」への一歩としている。趙性根は現時点での朝鮮人の教育程度を鑑みての志願兵制度であり、教育程度の向上を経て徴兵制へ移行するという手順を示している。
もちろん彼らの意見が朝鮮人側の考え方の全てというわけではないが、朝鮮人側の中にも、義務教育制度や参政権といった内地人並みの地位と権利の獲得を実現するための手段として、兵役を積極的に捉え要望する動きがあったことが、特別志願兵制度実施の要因の一つとなったことがわかる。
このように国策遂行への協力と引き換えに地位待遇の改善を求める動きは、のちに1943(昭和)年8月の徴兵制実施、1945(昭和20)年4月の衆議院議員選挙法・貴族院令改正による参政権付与、そして発表だけに終わったが1946(昭和21)年4月の義務教育制度実施となっていく。
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半島施政廿八ヶ年、歴代總督を初め本府首脳部は勿論、朝野は舉げて日韓併合の詔勅に從ひ明治大帝の御慈心に向って邁進して來たが、南總督は着任以來、鋭意内鮮一體を強調、皇國臣民の育成に向かって諸般の政策を進めた結果、漸次内鮮一體の實が舉りつゝあった。折も折。今支那事詔勅發するや朝鮮同胞には更に一層の國民的自發と信念を強化せしめ、こゝに一大轉換期を招來するに至り、全半島は精神結合による内鮮一體の強力なスクラムを組んで熱狂的愛國の大旋風時代を現出した。この時にあたり南總督は朝鮮同胞の國民的義務享受の熱望に報いるため、義務敎育を前提とする學制改革並に、眞に歴史的画劃期的の一大英断たる半島人の志願兵制度を賞施することになった。おゝ、燐として輝くこの大事實よ、われらの胸は言ひ知れぬ感激に高鳴るのである。次に、半島の代表者とも見るべき人々の喜びを聴かう。
世界一强國民の誇り(陸軍中尉、趙性根氏)
朝鮮に、愈よ志願兵制度が実施されることは誠に感激に堪へない。我等も國民として義務兵役制が最も望ましいが、朝鮮は未だ敎育程度に些か差隔があるので、先ず志願兵制を實施することは本來の義務兵制の前提として實に適切なことである。半島人として國民の最大義務である兵役に参加することに、我等を完全な國民として世界第一強國々民の一員たるを自覚するの誇りを抱かせるもので、これ以上の喜びはない。嘗て、所詮朝鮮徴兵隊といふ半
島人で組織した舉隊があるには在ったが、昭和六年に解對されたものである。然し、今こそ本當の陛下の軍人に半島人もなれるわけで、呉々も感激に堪へない。それからもう一つ、内鮮共學問題についても、従来内地人と半島人とが同程度の二つの學校名を有してゐたことは何か差別があるやうな疑義を感じさせたが、これも校名の統一により内鮮の共學が實現されることになり、半島人にとって非常な喜びであり感謝のほかない。
終局は徴兵へ(中枢院参議、崔麟氏)
兵役の業務に徹するのは、國民として一に義務があると同時に責務である。その意味に於て、今回朝鮮に志願兵制度が實施されることになったのは、朝鮮人も國民としての義務を果す と同時に、一大権利を持つことになった譯である。これは、内鮮一體の精神から見て感涙に 堪へないことである。今回の志願兵制度から、遥かに朝鮮に於ても義務敎育制度を實施する と共に、徴兵令までも徹底的に施行し内鮮一體を顕現せねばならぬ。更に、内鮮人の共学問 題とか校名統一問題などは、内鮮敎育の差別を撤退するのであるから、これ又愉快なことで ある。
内鮮一心の實(闗東軍顧問、韓相龍氏)
朝鮮人が皇國臣民たる以上、兵役義務を負ふべきことは當然のことで、數十年來これを希望してゐたところが、今般南總督の御努力により遠からず志願兵制度が實施されるやうになったことは大変賞賛すべきことであって、要するに兵役義務、敎育義務、参政権問題など一つ筒漸次實現をみることは大変光栄であると共に、一方には朝鮮人が國民としての義務が附加されたやうに思はれる。即ち、義務の敢行があって後ち権利を云々すべきであり、義務を敢行せずして権利のみを要求することは以ての外だ。この際、朝鮮人は國家に對し臣民たるの義務を完全に敢行すべきである。
換言すれば、我等朝鮮人は益々自覺努力して國民として人後に落ちないやうに勉強せなばならない。しかし、敎育再開、即ち學校の名称統一と内鮮人共學問題は、我が輩が數十年來その必要を唱へて來たもので、今度南總督の英断でこれまた遠からずして實施されるやうになったことは何よりも幸ひなことである。前記二問題が南總督の大英断により内鮮人の差別が全然撤廃され、眞に内鮮一體の實が完成を為し得るやうになり、朝鮮人の進路に一大光明を與へたものである。
【社説】志願兵制度の施行
聖戰半歳、皇軍の威武全支を壓し、征矢は正に事變の核心に集中され、國家總動員の體制益々强化さるゝの時、朝鮮に志願兵制度を施行することゝなったことは内鮮一體の實を顧現せるものであって、半島二千三百萬民衆の感激たるのみならず、實に一億同胞の歓喜そのものである。始政以来爰に二十有八年、敎育、産業經濟その他各方面の發展進歩著しく、大衆文化線の向上と共に、思想道徳の堅實を加へ、漸次内鮮一體の實具現され來るに至った。かく、朝鮮の民度民情の進展に伴ひ、朝鮮人に對しても志願兵制度を施行し、これによって皇國臣民たるの鍛錬を加へ、内鮮一體の國防に參與せしむることを適當と認め、豫て陸軍省、
拓務省、朝鮮總督府の闗係當局に於て慎重審議を遂げて、政府の方針も決定してゐたが、満州事變より引續き、今次の支那事變勃發以來、朝鮮人の愛國的精神の發露に鑑み、速やかに實施することゝなり、いよいよ近く勅令を以て、朝鮮にも志願兵制度を公布することゝなった。これはやがて來るべき、朝鮮敎育令の改正と共に、内鮮一體の具體的顧現そのものであって、内鮮一體への大關門が開かれたる實に歴史的大記念像であり、また正に朝鮮の畫期的躍進である。而して、此の大關門が開かれた以上、今後半島に於ける諸般の事象はこの大激流に乘って脈々として内鮮一體の完成に向かって進展すべく、やがて近き將來に於ては、上下一體全く内鮮一心一體の實を體現して、皇國臣民として東洋平和の建設、人類の幸福増進に向かって奉仕するの日を顧現するであらう。
