京城日報(昭和9年7月20日付)内地渡航の厄介な副産
この記事の時期には、内地渡航を希望者する朝鮮人のうち、労働者は所轄警察署で交付された渡航証明書と釜山署宛ての紹介状、学生は内地学校の在学証明書、内地在留者で一時帰鮮していた者は内地在留地の所轄警察署の発行する再渡航証明書を必要としていたが、それらの書類の不備などによって釜山警察署で渡航を阻止された場合、そのまま釜山に滞在しながら書類の到着などを待つ者が多かったことがわかる。
そして、昭和9(1934)年7月2日付『釜山日報』の記事に、「これら六名のブローカーは(中略)釜山棧橋で内地渡航の出来得なかった鮮人達を甘言を以って集めた」とあるように、彼らをカモと見て声をかける者は「悪客引」だけではなく、密航を勧誘するブローカーもいた。
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ストップ組のため、釜山兩署手を焼く
【釜山】内地渡航の夢にあこがれて釜山へ集まる老若男女の朝鮮同胞を阻止するに、釜山の水陸兩署では渡航阻止に絡まって厄介千萬な依頼を受けるので全く手を焼き、近々道警察部と打合せることになった。
右は、釜山へ集まる渡航同胞の中で手續き不調のためストップとなり、朝鮮旅館に空しく滞留する者旅費をスッカリ費ひはたして二進三進も動きがつかなく、進退谷まった者、悪客引に引掛って虎の子の路銀を誤魔化される者等々、氣の毒な人々が内地の親類知己又は郷里へ一様に送金方を依頼するのであるが、送金は殆んど全部釜山の水陸兩署氣付として發送され、遠くは平壌方面から内地は大阪、東京北海道までに及び、毎月平均五十件、金額にして六百圓程度に達するので、その筋では取り扱ふ對照物が現金であるだけ、出納管理に骨が折れること夥しく、萬一その間に間違ひが生じては申訳がないと心配して、大弱りのていである。
