京城日報 1940年(昭和15年)11月13日付 工場技術修得生五百名を内地へ派遣

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工場技術修得生五百名を内地へ派遣
歸鮮後は鮮内技術指導者に

勃興する朝鮮の工業界の明日に備えるため、鮮内における各種工業殊に重工業方面熟練士養成は刻下の急務であり、内地先進地の技術移入が要請されてゐるとき、總督府では内地の要求もあり、愈よ近く工業勞働者を内地に派遣することとなり、目下内地の要求を取り纏め中で、近く各道における推薦者を巖選の上、試験を行ひ、可及的速やかに内地各工場に特派することとなった。而して、この工場勞働者は二十歳前後の青年五百名程度を選び、二年乃至五ヶ年の豫定で内地工場へ特派し、技術修得の上に歸鮮して、朝鮮内における工場振興のため、技術工の活手本となるもので、その責務は重大なものがあり、本府の企てでは頗る意義あるものとして注目されてゐる。