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内地渡航者の福音として出來上がった昭和館
下關に於ける昭和館落成式に臨席した總督府神尾社㑹課長は一日夜歸城し、左の如く昭和館の事業及び内地に於ける渡航朝鮮人の現狀に就て語る
昭和館は、内地渡航朝鮮人の救済を目的として建設されたもので、山口縣恵福㑹、總督府から各五千圓づゝ補助し、其の他二萬五千餘圓は山口縣下主として下の關市からの寄付金によって、総經費四萬餘圓で建設されたものである。
下の關市にあっては、市内の有力者からの勞動者に近い者まで全市を舉げて寄付し、その熱心な様は涙ぐましいものが見受けられた。落成式の如きも、僅に一圓餘の宴㑹に全縣下から集まってこれに参加し、如何に同地方において朝鮮人問題に熱心であるかが判る。
昭和館は簡易の寝臺があって百二十名が宿泊され、三名の朝鮮語に巧な内地人の書記がゐて、これがかわるがわる下關驛に出て渡來朝鮮人の保護に當たり宿泊を要するものは昭和館に同行してゐる。
昭和館は簡易宿泊の外朝鮮人へ授產事業、職業紹介、簡易診療等に當たってゐる。設置場所は下關の大坪といふ所にあって、その附近には一千五百名近い朝鮮人が集團し、昭和館はその中心機關となってゐる。
この昭和館は内地における朝鮮人救濟事業中、最も見るべきもので、大阪の内鮮協和㑹に次ぐものである。内地に於ける朝鮮人の現狀は、自由勞働者は概してよくないが、定着してゐるものは自由勞働者よりよいようである。
一番困るのはモヒ患者で、これが小窃盗などを働き、朝鮮人一般が不評をまねくことおびたゞしい。
モヒ患者などは努めて渡航せしめぬようにせねば、内地でも困るであらう。
(寫眞は昭和館)
